安楽死か殺人か

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病院か自宅か施設の選択(その1)

口腔にたまった唾液を呑み込めないし、気管に流れ込んだ喀痰も喀出できない
から、このような高齢者は肺炎を起こして入院してくる。
口に食べ物を入れてやると誤嚥して肺炎になるのである。
重症肺炎にでもなると酸素が必要になる。
だから、口から食べ物を食べさせることができない。
食べられないと栄養低下になり褥瘡ができて臭い匂いが漂ってくる。
栄養補給するには、短期間なら点滴補液するがカロリーなんてしれたもので
ある。点滴補液なんて、所詮、水だからこんなのを大量入れられない。
大量入れると心不全を起こしてしまう。
結局、経鼻管栄養か胃瘻からの栄養になる。
病院に入院しているなら一日3回くらい看護師さんが管から入れてくれるが
家で家族が入れるとなったら大変なことである。
90歳前後ともなると歩けなくなったり寝たきりになってしまうし、心臓の
機能も悪くなる。
心臓のポンプ機能が落ちてくると血液の循環が悪くなるからうっ血性心不全
を起こして胸水がたまってくるので酸素を鼻から吸入しなければならなく
なるのである。
寝たきりだからオムツが必要になる。オムツを替えてやったり、お風呂に
入れてやるのも大変な作業である。おむつ代だってバカにならない。
息子だって娘だってかなりのお年になっているはずだ。
核家族化して昔のように大所帯ではないから家で面倒見るのは困難なのだ。
お金持ちの年寄りならまだマシだが、年金額が少ないと息子・娘が負担しなければ
ならなくなる。
病院には3ケ月しか居られないから家に連れて帰るか、施設に入れるか、
病院から病院へ移るしかなくなる。
酸素したり、管から栄養を入れたり、オムツを替えたり、風呂に入れることを
考え、最後に、毎月の年金額により行く先が決まってくる。
昭和17年~25年生まれの息子・娘ともなると、話がくどくて、理屈ポクて、
理解も悪くなってきており、頑固だから、非常に困る。
毎日、ぶらぶらしていないで、少しは外に出て市役所にぶらっと出かけて
情報を入手したり、介護講習会に出て勉強をしたり、ボランティアに参加したり、
自分の周りで何が起こっているか見つめることが必要ではなかろうか。

自分の手を煩わせない見取りを主張する家族(その2)
乳幼児は、水分や栄養を与えられなかったら餓死してしまうに決まっている。
寝たきり高齢者は、管からの栄養や、酸素吸入を止めたら、たちまちのうちに
亡くなるに決まっている。
乳幼児も高齢老人も、ケアしてもらわなかったら生きていくことは出来ない。
最近、看取りをする施設や看取りをしてくれる在宅訪問診療が流行り始めた
ようだ。
強引な家族が突然やってきて、89歳の叔母を施設で看取ってもらうから、
すべての管を取り去ってくれと要求するのが出てきた。
それは、殺人になるかもしれない・・・と話しても拉致があかない。
施設に連れて帰るから退院させてくれと迫る。
喧嘩をしても仕方ないので、施設の了解の上、退院させたが、翌日に亡く
なったという。最近、このような例が2件続いて起きた。
このような強引な家族には裁判になった時のために一筆書いてもらい署名を
もらうようにしている。
日本には、まだ、このような例を、告発したり、審査する制度が厚生省には
ないから現場の医者は大変困っている。
子供の虐待が問題になっているが、老人も、酸素や栄養が与えられなかったら
安楽死というよりは、殺人の範疇に入るのではなかろうか。

川崎の病院で、医師が患者の気管内チューブを抜き、筋弛緩剤を投与して
死亡させ殺人罪に問われた事件があり、その医者は裁判で訴えられ
敗訴した。
2005年3月、一審横浜地裁判決は、殺人罪の成立を認め、被告を懲役3年執行猶予
5年とした。
2007年2月、二審東京高裁判決は、患者の意思が不明で死期が切迫していたとは
認められず、家族の要請で決断したものであったことを認定し、懲役1年6ヶ月
執行猶予3年と刑を軽減した。
2009年12月、最高裁第三小法廷は、「脳波などの検査をしておらず、チューブを
抜いた行為も 被害者の推定的意思に基づくとは言えない」と、高裁判決が
確定したが、延命治療の中止が許される要件については示さなかった。

医師による積極的安楽死の4要件は
1)耐え難い肉体的苦痛があること
2)死が避けられず、その死期が迫っていること
3)肉体的苦痛を除去・緩和するための方法を尽くし、他に代替手段がないこと
4)生命の短縮を承諾する患者明示の意思表示があること

上記の4要件を照らし合わせて考えると…。
乳幼児や老人は意思表示をできる状態にない。
酸素や栄養が与えられていれば乳幼児や老人も急には死亡する可能性はない。

尊厳死か安楽死か(その3)
 安楽死、尊厳死には、もし、これらの行為が患者の死期を早めて生命を短縮
 させる場合には、刑法199条殺人罪または、患者が望んでいたとしても202条
 同意殺人罪の構成要件に該当してしまう。
*****刑法****
(殺人)
第百九十九条  人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する。
(自殺関与及び同意殺人)
第二百二条  人を教唆し若しくは幇助して自殺させ、又は人をその嘱託を受け
 若しくはその承諾を得て殺した者は、六月以上七年以下の懲役又は禁錮に処する。
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「尊厳死」も「安楽死}も『治る見込みのない病気にかかり、死期が迫っている』
場合に許される死に方です。
第三者の意思が介在するのが「安楽死」、本人の意思に基づくのが「尊厳死」です。
安楽死とは、肉体的・精神的苦痛から患者を解放するため、薬物投与などで人為的に
死を早めることを言います。
「尊厳死」は、延命治療を中止することをいい、死を迎える本人が誇りをもって、
あるいは個人の理念に従う形で死ぬということです。
これは延命するかしないかという問題ではなく、個人の納得する形であれば、
あらゆる場合が「尊厳死」と呼び得るということになります。
日本には尊厳死について明確に規定した法律が存在しません。
高齢者が病気になったとき、もし、助からないとわかれば尊厳死の考え方に基づき、
治療方法を選ぶことも出来ますが、厳密な意味では、癌などの致死的病気以外は、
どこまで回復するかはもちろん、助かるのか、助からないのかも分かりません。
はっきりとした根拠もないのに、「もう、年だから仕方ない。」とか
「もう、寿命だ。」というのを「みなし末期」と言い、この考え方には危険が潜みます。
「本当に寿命ですか?」場合によっては、「助かるのか助からないかわからない状態」
で治療を中断することは「(積極的)安楽死」と解釈され、犯罪行為とみなされる
可能性があります。

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